ニーベルングの指環(読み)ニーベルングのゆびわ

百科事典マイペディア 「ニーベルングの指環」の意味・わかりやすい解説

ニーベルングの指環【ニーベルングのゆびわ】

R.ワーグナーライフワークとなった長大な楽劇。〈序夜〉と3日間のための〈舞台祝祭劇〉と題され,上演時間約15時間,10幕35場の4部構成。《ローエングリン》完成の1848年に着手された台本執筆は,最後の《神々の黄昏(たそがれ)》の原形が誕生した後その前史へと構想が拡大,完成作とは逆の順序で書き進められ,1853年に作曲が開始された。途中12年間の中断をはさんで1874年に完成,その間《トリスタンとイゾルデ》(1859年)と《ニュルンベルクマイスタージンガー》(1867年)の2つの大作が誕生している。序夜《ラインの黄金》(1854年),第1夜《ワルキューレ》(1856年)はそれぞれミュンヘンの宮廷歌劇場(現バイエルン国立歌劇場)で初演(1869年,1870年)され,第2夜《ジークフリート》(1871年),第3夜《神々の黄昏》(1874年)を加えた全曲初演は1876年,ワーグナー作品上演のために建設されたバイロイト祝祭劇場で4晩にわたり行われた。作曲者自身の演出,H.リヒターの指揮によるこの公演には,ワーグナーの庇護(ひご)者だったバイエルン旧国王ルートウィヒ2世,新ドイツ帝国皇帝ウィルヘルム1世が臨席したほか,ヨーロッパ各地の名士,芸術家が列席。普仏戦争を経て1871年に帝国を成立させ,資本主義体制の基礎固めを遂げつつあったドイツの国威発揚の象徴ともなった。物語は中世のエッダの神話詩,ゲルマン伝説《ボルスンガ・サガ》,また《ニーベルンゲンの歌》などを素材とし,神々の長ウォータン(ウォーダン。北欧神話の主神オーディン),ウォータンの子ジークムントと幼くして生き別れになったその双子の妹ジークリンデ,兄妹の間に生まれたジークフリートとその妻ブリュンヒルトブリュンヒルデ),ニーベルング族のアルベリヒとその息子ハーゲンらを配し,世界支配の力を秘めた黄金の指環をめぐって展開。ジークフリートの死により世界が炎に包まれ,神々の滅亡(ラグナレク)に至る終幕まで,〈剣〉〈愛〉〈火〉〈ジークフリート〉など数多くのライトモティーフが全曲を貫き,緊密な構成を形づくる。のちのフロイト精神分析との関連をはじめ,ワーグナー芸術の中でも最も多様な解釈を生んできた作品でもあり,孫のW.ワーグナーによる演出以来,1970年代のブーレーズ指揮,P.シェロー〔1944-2013〕演出による舞台など,バイロイト音楽祭でのその上演は常に大きな話題を呼んでいる。日本での全曲初演は,1987年ベルリン・ドイツ・オペラの来日公演。
→関連項目コルトーダンディニルソンワルキューレ

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニーベルングの指環」の意味・わかりやすい解説

ニーベルングの指環
にーべるんぐのゆびわ
Der Ring des Nibelungen

ワーグナーが北欧神話や伝説を素材として物語を構成し、自ら作詞・作曲した壮大な規模の楽劇。序夜「ラインの黄金」Das Rheingold、第一夜「ワルキューレ」Die Walküre、第二夜「ジークフリート」Siegfried、および第三夜「神々の黄昏(たそがれ)」Götterdämmerungからなり、上演に四晩、延べ十数時間を要するオペラ史上最大の作品である。

 物語は、黄金の指環(世界支配の権力の象徴)をめぐって、地下に住む小人のニーベルング族(代表はアルベリッヒ)と天上に住む神々(代表はウォータン)が相争う過程を描き、ついには両者が滅亡して世界が崩壊する結末。愛を捨てて権力を執拗(しつよう)に求めるアルベリッヒと、世界支配の夢を捨て切れないウォータンの確執を軸として、ウォータンと人間の女性の間に生まれた兄ジークムントと妹ジークリンデの悲運の愛、その2人から生まれた英雄ジークフリートの成長と期待を裏切る非業の死、そしてアルベリッヒの弟ミーメの奸計(かんけい)、ハーゲン(アルベリッヒの子でギービヒ家の長グンターの異父兄)のジークフリートへの冷酷な復讐(ふくしゅう)など、さまざまな事件が相互に関係しながら展開してゆく。最後は、ウォータンの娘でジークフリートの妻となったブリュンヒルデの自己犠牲によって旧世界が没落し、新しい世界の到来を期待させて終わるが、これは物語というよりも、むしろ所有欲、愛欲、憎悪といった人間の原始的感情が絡み合った巨大な複合体であるといえよう。

 音楽はドラマの要求するところに従って、きわめて叙情的なもの(「ワルキューレ」第一幕)から、きわめて叙事的なもの(「神々の黄昏」第三幕)に至るまで実に幅広い表現をとっているが、それによって生じる多様性を、ワーグナーは示導動機の手法を用いて統一している。つまり、彼は特定の登場人物、事物、観念などにそれぞれ固有の音型(動機)を配し、これらを曲全体に網の目のように張り巡らせることによって音楽を構成したのである。その意味で、「指環」の音楽は示導動機の巨大な複合体といえよう。なお、ワーグナーは、当初の構想から完成まで、中断した時期を含めると30年もの歳月を費やしたこの作品を、単なるオペラではなく「舞台祝典劇」Bühnenfestspielと考え、作品の理想的な上演を可能にする特別な劇場まで自ら設計するほど力を入れていた。そして彼の理想は「バイロイト祝祭劇場」として実現し、この劇場の杮落(こけらおと)しとして1876年8月に「指環」全曲の初演が行われて以来、同地は現在に至るまでワーグナー芸術のメッカとなっている。なお「ラインの黄金」は1869年、「ワルキューレ」は1870年ともにミュンヘンで初演されている。日本人による上演は「ラインの黄金」(1969)、「ワルキューレ」(1972)、「ジークフリート」(1983)までが二期会の手で行われた。

[三宅幸夫]

『ウル・デ・リコ著、川西芙沙訳『ニーベルングの指環』(1984・サンリオ)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ニーベルングの指環」の意味・わかりやすい解説

ニーベルングの指環 (ニーベルングのゆびわ)
Der Ring des Nibelungen

R.ワーグナー作詞・作曲による楽劇。序夜と3日間のための〈舞台祝祭劇〉で,4部からなるきわめて大規模な作品。台本は作曲者自身が中世のエッダ,ゲルマン伝説《ボルスンガ・サガ》,また英雄叙事詩ニーベルンゲンの歌》その他に取材して作成し,作曲は1874年に完成した。全曲の初演は76年8月13~17日の4晩にわたり,バイロイトの祝祭劇場で行われた。序夜《ラインの黄金Das Rheingold》(1幕。1854)では,ラインの黄金に呪いがかかる次第が物語られ,第1夜《ワルキューレDie Walküre》(3幕。1856)ではいくさ乙女ワルキューレの一人であるブリュンヒルトが,彼女の父大神ウォータンの命に背いたので,岩の上に眠らされている次第を,第2夜《ジークフリートSiegfried》(3幕。1871)では若き英雄ジークフリートが,大蛇を退治し,ブリュンヒルトを目ざめさせる次第を,第3夜《神々のたそがれGötterdämmerung》(3幕。1874)ではジークフリートがハーゲンの奸計によって殺される次第を描き出す。

 ワーグナーは大規模なゲルマン伝説に材をとって,人間のもつ力への意志が世を没落させるという思想を表現した。黄金と力の支配の代りに人間愛の支配する新しき世の到来を希望してこの劇は終わる。このような思想表現のほかに,この劇は人間心理の深層を描き出すものとして,近年注目されている。ワーグナーはここでフロイトの精神分析を先取りしていたことになる。台詩には頭韻が用いられている。

 ワーグナーの楽劇にはすべてライトモティーフが使用されているが,この作品ではその使用法が最も徹底している。その数は少なくとも100以上あり,管弦楽においてこれらが物語を展開させる補助手段として有効に働く。ここに使用される管弦楽は音楽史上未曾有の大編成による。作曲は《ジークフリート》第2幕の途中で11年間中断されたが,そのための様式の不統一は見られない。今日まで《ニーベルングの指環》はバイロイト音楽祭の最も重要な出し物である。
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デジタル大辞泉プラス 「ニーベルングの指環」の解説

ニーベルングの指環

①ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーのドイツ語による全四部作の楽劇。原題《Der Ring des Nibelungen》。中世ドイツの叙事詩に基づき、『ラインの黄金』、『ワルキューレ』、『ジークフリート』、『神々の黄昏』からなる。
②フランスの振付家モーリス・ベジャールによるバレエ(1990)。原題《Ring um den Ring》。初演はベジャール・バレエ・ローザンヌ。①に基づく。上演時間約4時間の大作として知られる。

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世界大百科事典(旧版)内のニーベルングの指環の言及

【指輪∥指環】より

…ケルトの英雄クフーリンは殺した相手を指輪によって息子と知るが,これも〈身分証明〉〈認知〉に用いられた指輪の例である。 指輪を主題にした文学作品にはトールキンの《指輪物語》があるが,指輪がはらむ複雑な象徴性を最大限に展開したのはW.R.ワーグナーの楽劇4部作《ニーベルングの指環》である。ライン川の河底の黄金からニーベルング族(侏儒族)によってつくられた指環は,世界征服の絶大な力を約束する。…

※「ニーベルングの指環」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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