タトリン(読み)たとりん(英語表記)Владимир Евграфович Татлин/Vladimir Evgrafovich Tatlin

日本大百科全書(ニッポニカ) 「タトリン」の意味・わかりやすい解説

タトリン
たとりん
Владимир Евграфович Татлин/Vladimir Evgrafovich Tatlin
(1885―1953)

ロシア画家彫刻家、舞台装置家。モスクワに生まれる。同地の絵画・彫刻・建築学校でセローフコロービンに師事、その後ペンザ美術学校にも学んだ。卒業後はモスクワ、レニングラード(現、サンクト・ペテルブルグ)、キエフ(現、キーウ)で美術教育に従事するかたわら、意欲的な制作を行った。早くからキュビスムと未来主義にひかれ、この時期の作品としては『モデル』(1913年。トレチャコフ美術館)が有名。ソビエト時代になってからは構成主義にひかれ、ガラス金属木片などの素材を使った実験的作品を制作。1920年代には抽象美術から大量生産による日常消費財の設計をも手がけた。また模型だけに終わったが、『第三インターナショナル記念塔』(1919~1920)の設計も有名である。このほか自分の名前をもじって名づけた『レタトリン』(1930~1931)とよばれる羽ばたき飛行機は、人間が空を飛ぶための道具であるが、最終的にはその翼のフォルムの美しさに魅せられて、実用的な目的を放棄したといわれている。舞台装置家としても活躍し、モスクワ芸術座など80以上の舞台を飾った。しかし、晩年は不遇で、スターリン死後雪どけ」が訪れるまで旧ソ連ではほとんど忘れられた存在であった。

木村 浩]

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改訂新版 世界大百科事典 「タトリン」の意味・わかりやすい解説

タトリン
Vladimir Evgrafovich Tatlin
生没年:1885-1953

ロシアの造形作家。モスクワ生れ。モスクワの絵画・彫刻・建築学校入学後,ラリオーノフらの前衛芸術運動に参加。1913年パリに旅行,ピカソに影響されて帰国後,木や金属の板によるコラージュに着色した〈絵画レリーフ〉,素材の物理的研究を通じて平面から空間への反撃を企てた〈カウンター(反)・レリーフ〉〈コーナー(隅)・レリーフ〉を発表し,マレービチとともに前衛芸術運動の中心となる。革命後〈物質文化〉論に沿ってこの空間構成のレリーフに実用的な意味を持たせ,《第三インターナショナル記念塔》(模型,1920)のような巨大な記念建造物を考え出し,その後に成立した構成主義芸術に指針を与えた。20年代後半には舞台装置を手がける一方,生産主義の主張にもとづきモスクワやレニングラードの美術学校において陶器や椅子などのデザインを指導。30年代に入って飛行物の機能形態を研究してグライダー《レタトリン》(1931)を制作した。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タトリン」の意味・わかりやすい解説

タトリン
Tatlin, Vladimir Evgrafovich

[生]1885. ハリコフ/モスクワ
[没]1953. モスクワ
ソ連の美術家,建築家。構成主義の代表者。 1910年モスクワの美術学校を終え,11~13年まで「青年リーグ」展,「ろばのしっぽ」展などに絵画を出品。 13年ピカソの作品を見て絵画から離れ,以後ガラス,鉄,銅,針金などの素材で構成する『反レリーフ』を制作し,構成主義の中心的人物となる。 17年ガボ,ペブスネル,A.ロドチェンコらと構成主義の運動を進める。 20年には第3インターナショナルのための記念塔の模型を制作。また,人力飛行機『レタトリン』も手がけた。彼の構成主義の政治性強調は 20年頃から純粋造形を意図するガボやペブスネルらとの分離を生み,30年以後国家的に社会主義リアリズムが芸術の方針となったため,公の活動をほとんど停止した。

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百科事典マイペディア 「タトリン」の意味・わかりやすい解説

タトリン

ロシアの造形作家。キュビスム等新しい芸術運動に刺激され,金属,ガラス等の新しい材料を用いてコラージュ等を制作し,マレービチとともに前衛芸術運動の中心となる。革命後はロシア・アバンギャルドの記念碑的な作品となった《第三インターナショナル記念塔》(模型,1920年)を発表し,その後成立した構成主義に指針を与えた。

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世界大百科事典(旧版)内のタトリンの言及

【構成主義】より

…もともとは1921年ころ革命後のロシアに現れた前衛美術運動の一派であるが,その後東欧から中欧にかけて,ジャンルのうえではデザインや建築にまで広がった大規模な国際的芸術運動である。画架(イーゼル)にのせて描く絵画を否定し,現代社会で普通にみられる工業材料(金属,ガラスなど)を使って物理学的な均衡感覚に基づく抽象的な美や,運動という力動的な美を表現する構成主義的な作品としては,1920年のロドチェンコの《吊り構成》やタトリンの《第三インターナショナル記念塔》(案)などがある。しかし,構成主義という言葉が初めて使われたのは21年ステンベルグ兄弟とメドゥネツキーの展覧会(モスクワ)においてであった。…

※「タトリン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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