アメリカ大学モデル(読み)アメリカだいがくモデル

大学事典 「アメリカ大学モデル」の解説

アメリカ大学モデル
アメリカだいがくモデル

大学のアメリカモデルは一通りでない。たとえば,ミシガン州所在の在学生数1400名のカラマズー・カレッジと,同四万数千名のミシガン大学アナーバー校は,規模の点では小都市とメガロポリス程の対比を示すが,しかしともに等しく大学のアメリカモデルと言える。したがって以下では図式を単純化して,第1段階では大学教育を牽引する2種類の機関,リベラルアーツ・カレッジ(アメリカ)(以下LACと略称)と研究大学の特徴を説明する。第2段階では,こうした2種を含んだ数種類の機関が相補的に形成する体系として,アメリカモデルを提示する。

[第1段階]

LACと研究大学は,1世紀前に現代の姿に変容し始めた。1909年に至る三十数年間,代表的なLAC10校では平学生数が150から340名へ,代表的な研究大学10校では同300から3800名へと変化し,両者は規模の点で明瞭に分化した。ともに拡大した現在でも,両者間の比率はほぼ等しいままである。LACは20世紀以降,科目履修上の分散と集中を原則に,教養と専攻(major)の訓練とを統合する学士課程教育に特化してきた。学問の発展に即し徐々に規模を拡大しつつも,厳選した少人数(上位校では学年平450名)を学寮に収容して共同生活を徹底し,全教員はそうした学業・生活規律の訓練への参加を求められる。卒業生からは科学者や著名人を多く輩出し,アメリカの伝統的なカレッジの現代版として一大モデルをなす。古くは20世紀の初頭に,ドイツの哲学者フリードリヒ・パウルゼンが,かつて自国にも存在したアメリカのLACに類似した機関が,のちには消滅してしまった事実を嘆いたという(Irving Babbitt, Literature and the American College)。最近ではオランダイギリス,ドイツでLACの見直しと逆輸入が,シンガポールを中心とするアジアでも新規導入が具体化しつつある。

 両次大戦を経て確立した主要な研究大学(アメリカ)は,現在その多くが年間数百件の博士号(Ph.D.)を授与し,最大1校あたり2000億円を超す研究開発費を使用して,世界水準の成果を公表している。大学院の役割は重要であるが,研究大学の第1の特色は,それが内にカレッジを抱えているのみならず,それ自体が巨大化し,かつきわめて高度化・専門化したカレッジそのものだという点にある。現在,大学院のみの大学は生命科学や医学に特化した数校に過ぎない。開学時には大学院大学を目指したスタンフォード大学やシカゴ大学も,学士課程を基礎とする組織に落ち着いている。第2に研究大学は早くから,科学的な農学や工学を正規の学部・学科として取り入れていた。モリル法(1862年)の大学は,応用分野の教育研究を強調して,生産者階級向けに大学教育を再編成したが,そうした方針はハーヴァードやイェールコロンビア,スタンフォード,プリンストン等にも部分的には共有されている。第3に,アメリカの研究大学は20世紀の初頭から,社会奉仕(social service)を大学の根本目的の一つに据えた。巨大資本による自然と農民・労働者との搾取に対抗して,社会改革の機運がみなぎっていたこの時代,州立大学の数校は経済・文化・自然(自然保護)の学術研究を総動員し,改革に向けて州民に援助の手を差しのべた。ドイツ大学の教育と研究の統一の理想を,現実社会の巨大な「実験室」において,新たな次元で現実化する試みでもあったのである。

 以上のような特徴を備えた研究大学は,現在,世界の大半の大学からモデルあるいはライバルと見なされている。またエリック・アシュビーによれば,アジア・アフリカの旧植民地諸国においては,とくに上記の第2の特徴のゆえに,ヨーロッパモデルに替わるモデルとして20世紀初頭から注目されてきた(Eric Ashby, Universities: British, Indian, African)

[第2段階]

以上の2種に加え,修士号授与大学,準学士号授与大学(短大),特殊な目的の大学を含む多様な大学が,固有な役割を果たしつつ相互依存する体系としてのアメリカモデルがある。各州に分散する約100校の高度な研究大学が,一線の研究と,ポテンシャルの高い学生・専門職者・研究者の養成(Ph.D. の授与)を担当する。LACの多くは宗教を含む濃密なカレッジ文化の中で,優れた市民・科学者や専門職者にふさわしい洗練された教養教育を担い,卒業生の多くを研究大学の大学院に送り出す。州立と私立が半々の修士号授与大学は,他種の大学にも増して,4年制大学の大衆化に対応した進学の機会を与え,有用な中堅の人材の育成にあたる。高等教育の在学者の4割を収容し,あらゆる市民にオープンなコミュニティ・カレッジは,職業訓練中心ではあるが,4年制の上級学年への入学機会も提供する。実際,カリフォルニア大学バークレー校への編入生三千数百名の9割以上は,毎年,コミュニティ・カレッジの出身者である。

 以上のような諸種の機関の相互依存に立つアメリカモデルは,民主化に不可欠な大衆化と流動化の要求に応えながら,資源が集中する比較的少数のカレッジ・大学を核として高度な学術研究を促進している。加えて固有な文化伝統を堅持するLACや一部の研究大学は,各個が有する巨額な基金に依拠する私学セクターに属し,機会の等と公共福祉の向上を優先する2年制カレッジや研究大学の多くは,毎年の州の予算から経常費補助を受ける公的なセクターに属する。こうしたシステムとしての大学モデルはアメリカの社会構造そのものの反映であり,大学モデルのみを抽出しての移植は困難である。社会・経済の構造にまで踏み込んで根本的な民主化を試みた戦後改革の一部としての日本の大学改革は,そうした稀な移植の試みであった。その帰結はモデルの移植の難しさを証したといえよう。
著者: 立川明

参考文献: Harper, Shaun R. and Jerlando F.L. Jackson, eds., Introduction to American Higher Education. Routledge, 2011.

参考文献: Graham, Hugh Davis and Nancy Diamond, The Rise of American Research Universities. The Johns Hopkins University Press, 1997.

参考文献: Harris, Michael S., Understanding Institutional Diversity in American Higher Education. Wiley, 2013.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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