むし歯(読み)むしば

日本大百科全書(ニッポニカ) 「むし歯」の意味・わかりやすい解説

むし歯
むしば

う歯ともいい、微生物によって歯の硬い組織が局所的に徐々に破壊された状態をいう。むし歯は、その進行状態により、痛みを伴わないものから激烈な痛みを惹起(じゃっき)するものまでいろいろある。

[吉野英明]

むし歯に関する諸説

むし歯の原因については、さまざまな考察が加えられてきたが、そのおもなものとして、虫が原因とする説、体液が原因とする説、活力説、化学説、細菌説、腐敗説、化学細菌説、タンパク質分解説、タンパク質分解‐キレーション説があげられる。

 虫が原因でむし歯になるという説は、1300年代に考えられたもので、治療薬としてセイヨウネギタマネギヒヨスの種子などが用いられた。体液が原因とする考えは、人間の肉体的・精神的構成が四つの基本的な体液(血液、粘液、胆汁、黒胆汁)の相対比により決定されると考える古代ギリシア医学から出発したもので、その体液混和の不調和によって、むし歯が生ずるとするものであった。活力説は、歯の内部に原因があり、内部よりむし歯が発生するとするもので、18世紀終わりに提唱され、19世紀中ごろに至るまで有力であった。その後に現れた化学説は、ある種の「化学物質」がむし歯の原因となるという考えであった。細菌説(あるいは腐敗説)は、細菌がエナメル質、ついで象牙(ぞうげ)質を解体するとするものであった。化学細菌説とは、口腔(こうくう)微生物によって産生される酸によりむし歯が生ずるという説であるが、むし歯の発生に酸が関係していることは、今日では疑いのない事実となっている。タンパク質分解説とは、微生物が歯の有機質ないしタンパク質成分に最初に侵入し、むし歯を引き起こすとするものである。この説は、無菌動物(細菌のまったくいない環境で飼育されている動物)を用いた実験の結果から、今日では否定的である。タンパク質分解‐キレーション説とは、まず細菌によって歯が破壊されるが、その際、最初に細菌の侵襲を受けるのはエナメル質の有機成分であり、その有機物の分解産物はキレート作用(キレート化合物を生ずる作用)を有している。そのためにエナメル質中のミネラルが溶解され、同時にエナメル質の有機成分も破壊されていくという説である。

[吉野英明]

むし歯の発生メカニズム

近年、むし歯の発生に対する基本的な考えは、むし歯は単一の原因により生ずるものではなく、いくつかの原因が重なり合ったときに発生するとするものである。むし歯発生の原因としては、細菌、宿主(とくに唾液(だえき)と歯)、食べ物、時間の四つが考えられている。

 細菌はむし歯の発生に必須(ひっす)である。口腔内は微生物の増殖に都合のよい環境であり、さまざまな微生物が増殖し、なかには酸を産生してむし歯をつくるものもある。また、歯の表面には微生物の集落ができやすく、歯垢(しこう)が沈着しやすい(歯垢は微生物の集落である)。したがって、歯垢もむし歯の一つの原因となる。歯垢のなかには、組織障害を誘発する物質および炎症を誘発する物質が存在し、むし歯のみにとどまらず、歯周疾患の原因ともなる。それゆえ、歯に歯垢が沈着しないようにすることが、むし歯ならびに歯周疾患の予防に非常に重要である。歯垢沈着防止には、歯垢中の微生物に作用する薬剤、歯面に変化を与えて歯垢沈着を抑制する薬剤等を用いる方法と、歯みがき剤と歯ブラシとによって歯垢を機械的に除去する方法とがある。

 宿主側の原因としては、唾液と歯とが考えられる。唾液とむし歯との関連性を調べるため、唾液腺(せん)を摘出した動物と正常な動物を比較調査した結果、唾液腺を摘出した動物は、正常な動物に比べ、同じ食餌(しょくじ)でも5倍以上もむし歯が発生することが判明した。また、唾液の流出速度が大きいときには緩衝能が増加し、むし歯が減少する傾向にあることもわかった。これらから、唾液はむし歯を減少させるのにきわめて重要な役割を演じているものと推察される。また、歯に関しては、歯の組成、形、歯並びなどがむし歯の発生の重要な要素となる。

 食べ物とむし歯との関係をヒトについて調査した結果、口の中に砂糖が長い間残留すればむし歯になりやすいことが判明している。また、動物実験では、食事の回数の増加に応じて、むし歯の平均発生率が増加するとされている。

 以上の3要素(細菌、唾液と歯、食べ物)に時間の要素が加わり、この4要素によってむし歯が発生するとするのが現在の考え方である。

[吉野英明]

むし歯の諸段階

むし歯はその進行状態によって4段階に区別される。むし歯が歯の最表層にあるエナメル質に限局している場合にはC1と分類し、象牙質まで進行しているときはC2、歯髄にまで及んでいるものをC3としている。さらにむし歯が進行し、歯冠が崩壊し、歯根のみが残っているものをC4とよぶ。C1ではまったく自覚症状はなく、C2では痛みを伴うことはないが、冷水あるいは甘いものを口にしたとき、しみることがある。C3では、歯髄に急性炎症を生じると激しい痛みを伴う。また、慢性歯髄炎のあるときは、冷水あるいは温水を口に含んだときにしみたり痛んだりすることが多い。C4では、歯髄が壊死(えし)していることが多く、とくに不快症状をみることなく経過する場合が多い。

[吉野英明]

むし歯の治療

C1、C2の場合は、むし歯になっている部分を完全に除去し、欠損部分を歯科材料アマルガムレジン、金属など)により補填(ほてん)するだけで歯科治療は完了する。しかし、C2で、むし歯がかなり進み、歯髄にきわめて近接している場合には、むし歯に罹患(りかん)している象牙質を完全に除去したあと、二次的に象牙質の形成を促進するような薬剤を一層貼付(ちょうふ)し、その上に金属やレジンを填塞(てんそく)する。また、むし歯が深くまで進んでいるときには、修復処置を施したあとに痛みを生ずることがある。これは、すでに歯髄炎をおこしていたか、あるいは修復処置により歯髄炎を引き起こしたものであり、修復処置後の経過に十分注意を払うことが必要である。痛みが生じたときには、歯髄除去療法(いわゆる神経をとる処置)が必要となる。

 C3の場合には、炎症に陥った歯髄を摘出しなければならない(歯髄除去療法)。歯髄組織は、根尖(こんせん)孔から血液の循環を得ているのみであるから、一度炎症に罹患すると治りにくく、正常な状態に回復することが少ないためである。歯髄摘出後、歯髄があった部分は、生体に為害作用のない歯科材料によって充填される。歯髄を除去した歯の歯冠部分は、実質欠損が大きいので、あとで歯が破折するおそれがある。このため、歯全体を人工材料で被覆するような修復法を施す。被覆する材料によって、金属冠、レジン冠、陶材冠などの別がある。

 C4にまで進行してしまったむし歯は、もはや保存することが困難であるため、抜去されることが多い。

 ごく初期のむし歯(エナメル質う蝕(しょく)C1)では、唾液中のカルシウムによって、むし歯の自然治癒がおこることもある。しかし、一般には、放置しておくとむし歯は徐々に進行し、もとの正常な状態に戻ることはない。したがって、むし歯は早期に発見し、治療することがたいせつとなる。また、さらにたいせつなことはむし歯の予防である。

[吉野英明]

むし歯の予防

むし歯の予防では、その原因因子である細菌、宿主(とくに歯)、食べ物などについて研究が進められている。

 細菌については、むし歯の原因となる細菌の繁殖を抑制することである。一つは、歯ブラシによる口腔清掃で、歯の表面に付着する歯垢をなくし、歯の表面における細菌の働きを抑制する方法である。これは、歯周病の予防とともに、むし歯の予防でも効果的であるとされている。もう一つは、ワクチンによる細菌の抑制である。現在、これに対する研究が進められており、将来はワクチンによるむし歯予防法の確立も予測される。

 歯については、むし歯に対する抵抗性を増強するため、フッ素が応用されている。フッ素の利用法としては、水道水にごく微量のフッ素を混入する方法、フッ素の歯の表面への塗布、薄いフッ素水によるうがい、歯みがき剤へのフッ素の混入などがあるが、日本では、水道水のフッ素化は行われていない。こうしたフッ素応用によるむし歯予防効果は、かなり高いとされている。

 食べ物については、むし歯の原因となるような砂糖含有食品および飲料の摂取制限、むし歯を誘発させない甘味剤の使用、食べ物へのリン酸塩の添加などが必要である。

 以上のように、むし歯予防のためには、家庭の日常生活における注意、すなわち、食後はかならず歯ブラシによる口腔清掃を行うことや、むし歯を誘発しやすい食べ物や飲み物を制限することなどがたいせつである。一方、歯科医は、歯垢沈着の予防のための口腔清掃指導、フッ素の局所塗布、フッ素溶液によるうがいの指導、またときには、むし歯に罹患しやすい歯の表面(う蝕好発部位)の形態修正ならびに予防充填などを行う必要がある。さらに、地域社会においては、水道水のフッ素化も一つの重要な方策であろう。

 WHO(世界保健機関)においては、2000年までに12歳児のDMFT指数を3.0以下にしようとする目標をたてて各国に働きかけた。欧米の工業先進国では、目標を達成した国が多く、日本でも1999年(平成11)の歯科疾患実態調査では2.44と目標に達している。2005年(平成17)の同調査では、1.7とさらに減少している(DMFT指数のDはむし歯decayed teeth、Mは欠損歯missing teeth、Fは充填歯filled teeth、Tは歯teethを意味し、指数は全体として1人当りのむし歯とそれに伴う充填、欠損の歯の数を表す)。

[吉野英明]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

六訂版 家庭医学大全科 「むし歯」の解説

むし歯(う蝕)
むしば(うしょく)
Dental caries
(歯と歯肉の病気)

どんな病気か

 むし歯は、口のなかに常在している細菌の感染により歯質が軟らかくなり、崩壊していく病気です。日本では、食生活の変化とともに多くの人が罹患(りかん)するようになっています。

 6年に一度行われる歯科疾患実態調査の最近(2005年)の結果では、6歳における乳歯のむし歯および12歳における永久歯のう蝕有病歯率(ゆうびょうしりつ)(処置された、あるいは未処置のむし歯をもっている割合)がともに回を追うごとに減少してきています。すなわち、乳歯・永久歯ともむし歯の急増しやすい時期における減少傾向が認められます。

 むし歯は、砂糖を含む食物との関連が深いことがわかっています。とくに毎日の砂糖を含む食物の摂取量が多いと、むし歯が多発することがあります。

原因は何か

 むし歯は、口のなかにいる細菌、砂糖を含む食物、むし歯になりやすい歯質、の3つの要因が重なって発生します。とくに、食事後に歯に付いた食物の汚れをきちんと取らないで放置しておくと、その汚れが何層にも重なって細菌といっしょに歯の表面に付着します。

 この付着物をプラークと呼びますが、プラーク内にある糖が細菌によって分解され、酸をつくります。この酸が、歯の表面にあるエナメル質という硬い部分を軟らかくしていきます。これを脱灰(だっかい)といい、初期のむし歯の発生となります。

 むし歯になりやすい部位として、臼歯(きゅうし)のでこぼこした部分(咬合(こうごう)面)、歯と歯の間の隣接面、歯と歯肉の境目の部分(歯頸部(しけいぶ))があげられますが、いずれもプラークがたまりやすい部位です。

 むし歯を引き起こす細菌としてミュータンス菌が注目されています。ミュータンス菌は病原菌ではなく口のなかに普通に存在しているので、なかなか排除することはできません。そこで、他の要因である砂糖をあまり多く摂取しないようにすること、そしてプラークをつくらないように食後に正しく歯をみがくことがむし歯予防に重要となります。

症状の現れ方

 むし歯は一般に、ゆっくりと進行する慢性の病気です。始めにエナメル質が脱灰し、そののち徐々に象牙質(ぞうげしつ)歯髄(しずい)へと進んでいきます。むし歯がエナメル質にとどまっている場合には、ほとんど症状はありません。表面の色がやや褐色から黒くなることがあります。

 象牙質へ進むと、冷たい食物の摂取時にしみたり、硬い食物を噛んだ時に少し痛みを感じたり、エナメル質が崩壊して穴があいたりする症状が起こります。歯の表面が、粗くザラザラした感じがすることもあります。

 むし歯が歯髄へ到達すると、さまざまな痛みが起こってきます。放置しておくと、歯髄炎(しずいえん)を併発して強い痛みを感じるようになります。

検査と診断

 むし歯の診断には、①肉眼で判断する(視診)、②先端が細くとがった器具で触れる(触診)、③X線写真を撮影する(X線診)、④う蝕検知液で染める、⑤微量な電流を流して抵抗値を調べる(カリエスメーター)、⑥レーザーを当てる、などの方法があります。

 むし歯を診断するにはこれらを組み合わせて行うのが一般的ですが、まず視診と触診を行い、必要があれば、むし歯の深さを調べるためにX線診あるいは電気的抵抗値を測定します。

 むし歯と間違えやすいものに、歯の着色や変色があります。また、歯の表面の亀裂(きれつ)破折(はせつ)も、むし歯と間違えやすいものです。

治療の方法

 むし歯が発見されたら、一般的にはその部分を除去し、歯によく接着する材料や金属で埋めて元の形にもどします。

 なお、初期のむし歯の取り扱いとして、要観察歯(CO(シーオー))という考え方が導入されています。従来、初期のむし歯と診断されていたもののうち、放置すればむし歯に進むおそれがあるけれども、検査の時点では処置する必要はなく、定期的に観察する必要のある歯のことをいいます。そのままの状態でむし歯に進まない場合も多いので、すぐに歯を削って詰める必要はありません。

病気に気づいたらどうする

 むし歯と感じたら、できるだけ早く歯科医療機関を受診するべきです。現在は、むし歯の進み方が軽いほど、歯を削る量も少なく、痛みもほとんどなく、処置も短時間ですみます。

 むし歯予防のためには、日ごろから歯の清掃を行い、砂糖などの甘い食物の摂取に注意し、歯の定期健診を受けることが非常に大切です。

荒木 孝二

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

栄養・生化学辞典 「むし歯」の解説

むし歯

 →う(齲)歯

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

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